Path: coconuts.jaist!wnoc-tyo-news!news.u-tokyo.ac.jp!komaba!makino From: makino@chianti.c.u-tokyo.ac.jp (Jun Makino) Newsgroups: fj.soc.culture Subject: Re: [PSEUDO] pseudosicence book Followup-To: fj.soc.culture Date: 16 Jun 1995 16:49:46 GMT Organization: Dept. of Earth Science & Astronomy, College of Arts & Sciences, Univ. of Tokyo Lines: 37 Message-ID: References: NNTP-Posting-Host: tache.c.u-tokyo.ac.jp In-reply-to: wd@ics.nara-wu.ac.jp's message of Thu, 15 Jun 1995 07:43:49 GMT >>>>> On Thu, 15 Jun 1995 07:43:49 GMT, wd@ics.nara-wu.ac.jp (Hiroyasu Kamo) said: > In article > makino@tache.c.u-tokyo.ac.jp (Jun Makino) writes: >> 仮に多くの哲学者が「自分は科学についてわかっていない」と思ってい >> るとすれば、「わかっている」といっている人を信用するしかないわけ >> で許容するとかしないとかの問題ではないのではないでしょうか。「私 >> は哲学がわかっている」といっている科学者がちゃんとわかっているか >> どうかってわかります? > 複数の哲学者にその人の「業績」なるものを見せて、「この人の主張は哲学的 > にマトモか」と問い合わせます。その結果、全員が「マトモでない」と答えた > ら、マトモでないんだなと判断します。それが普通の態度ではありませんか。 例えば鴨さんが問題の科学者を個人的にも知っているし、その人の科学 的な業績もちゃんとしたものであるとして、鴨さんが個人的に知ってい るわけでもなくてその業績の中身を鴨さんが理解できない哲学者が「そ いつの主張は哲学的にマトモではない」といったらそちらを信用すると いうことですね。 理屈ではそうあるべきかもしれませんが、僕だったら「哲学者には科学 者の言葉が通じないんじゃないか」とか考えてしまいそうです。 > 中沢新一騒動については、当事者たちがマスメディアで語ったことしか知らな > いので本当のところはわかりませんが、当事者の主張を読むかぎり、科学者の > 誰もが『雪片曲線論』はマトモでないと主張したのにも関わらず、哲学側の関 > 係者はそれを無視したという経過に見えます。 「哲学側」の関係者なんてかいたらちゃんとした哲学者に怒られますよ。 マスメディアから得られる情報だけでも(a)「社会学教室」の人事で、 「哲学教室」の人は別に関係ない。(b)人事が決定される過程では、科学 者側の発言がなんらかの効果をもった。 というくらいのことは読みとれたと思います。 牧野@東大駒場