Path: coconuts.jaist!wnoc-tyo-news!etlnews.etl.go.jp!etlinn.etl.go.jp!etl.go.jp!trc.rwcp!rwc-tyo!news.iij.ad.jp!nr1.scn.co.jp!sinfony-news!news.kddnet.ad.jp!news.dvlp.kddnet.ad.jp!news.cs.ritsumei.ac.jp!kuis-news!kudpc!sakunami!chiba-ns!news.chiba-u.ac.jp!eclnews!sinetnews!news.nacsis.ac.jp!alps!cryst!escargot!t-server!news.nc.u-tokyo.ac.jp!makino From: makino@chianti.c.u-tokyo.ac.jp (Jun Makino) Newsgroups: fj.sci.philosophy Subject: Re: Setumei (Re: The world is a screen) Date: 26 Aug 1996 09:24:14 GMT Organization: College of Arts and Sciences, Univ. of Tokyo Lines: 77 Distribution: world Message-ID: References: <4va7kn$e1d@icpc02.icpc.fukui-u.ac.jp> <4vjm7j$sr8@icpc02.icpc.fukui-u.ac.jp> <4vr8ma$r75@icpc02.icpc.fukui-u.ac.jp> NNTP-Posting-Host: muscat.c.u-tokyo.ac.jp In-reply-to: saka@digcom.digcom.fuee.fukui-u.ac.jp's message of 26 Aug 1996 04:20:26 GMT >>>>> On 26 Aug 1996 04:20:26 GMT, saka@digcom.digcom.fuee.fukui-u.ac.jp (Sakaguchi) said: > 小生が神話の怪物と呼ぶものは、「説明の道具として必要だが、特に > "実体(??)"を表しているものでもなく、それを持ち出してくる必然性が > "歴史的習慣"や"宗教的イデオロギー"以外には示せないようなもの」のことです。 > (あまり適当な例ではないかも知れませんが)たとえば「ビッグ・バン」なんかが > そうだと思います。ビッグ・バン自身は、物理の理論の数学的特異点として > 重要な意義をもっています(したがって、こういう面では「怪物」ではないし、 > ビッグ・バン自身を無意味だと言うつもりは一切ありません)が、それは単なる > 数学的特異点なのであって、「宇宙の始まりに大爆発があった」と無理に解釈 > (ここまで来ると「怪物」)して、宇宙の背景輻射などを解釈しなければならない > 必然性はないと思います。これを「怪物」に仕立て上げているものは、宇宙の > 誕生物語がなければならないという"宗教的イデオロギー"に他ならないのでは > ないのでしょうか。 (もちろん、"爆発"は素人向けの説明であって専門家は > そうは思っていないという反論もありましょうが、それならば何故あの名前?) 現代の天文学では「ビッグ・バン」は割と体系の基本的なところにあっ て、「それを持ち出してくる必然性が"歴史的習慣"や"宗教的イデオロギー "以外には示せないようなもの」とはいい難いのではないかと思います。 歴史的には、「宇宙には始まりがある」というビッグ・バン宇宙論は、 わりといろんなことがうまく説明できるにも関わらず、定常宇宙を信じ たい人は昔からいっぱいいたわけなので、、、 ついでにいうと、どのような理論であれ、「必然性」があるなんてこと を示すことはできないというのが少なくとも常識的な科学哲学や科学社 会学の主張でしょうから、そういう立場からすればあらゆる理論/パラ ダイムは坂口さんのおっしゃる意味での「神話の怪物」であるというこ とになってしまわないでしょうか。 > また、要素を階層的に還元していく手法はあちこちで用いられていますが、 > たとえば、多粒子からなる系を個々の粒子の系の組み合わせとその相互作用に > 分解して記述することは、一種の近似方法に過ぎないと思います。(この方法が > 非常に役に立っていることはよく理解できます。) この種の近似法を順次 > 階層的に用いることにより、分子から原子へ、電子と核へ、さらに各種素粒子へと、 > 有用な近似方法の集大成を整備していく研究の意義は十分に理解できます。 > (ここまでは「怪物」ではない。) けれども、これらの中で説明や記述の > 道具として出てくる「○子」たちを、あたかも実体(??)のある粒子や波動だと > 解釈する(ここまで来ると「怪物」)必然性はないと思います。 坂口さんのポストを読んでいて、ちょっと不思議に思うのは、(坂口さ んにとって)「実体」とはなにかっていうことです。えっと、つまり、 例えば目の前にあるモニタとか、キーボードとか、あるいは坂口さんの 身体とかは、3K輻射とか原子とかニュートリノとかグルーオンに比べて より「実体」があるものなのですか。 > #神話の怪物の存在を十分意識しつつ、怪物を飼い慣らして説明の道具にうまく >  利用することが、研究の秘訣だと思います。実際、大半の研究者はそれを上手に  >  やってのけているのですから。 うーん、そうでしょうか?やはり正しい理論物理学者は「究極の物理法 則」があると思っているのではないかと思うのですが、、、(まあ、だ からといって大半の研究者がそうであるということにはならないですね) > #以下の印象には、個人攻撃の意図は全くありません。 最近のfjのあちこちの >  グループの科学論争を聞いていて、個人的印象を一つ。 たとえば最近核融合 >  論争などでも意見を表明している"ある人"のある種の科学批判には、時折 >  確かに科学知識の誤りや勇み足に近いような点もあり、これが「ある分野の >  科学擁護派」の方々の反発や"あげ足とり"を誘っているようですが、 >  その人の指摘や問題提起そのものは、小生から見れば非常に重要と思われる >  ものが多く、その枝葉末節に攻撃の矛先を向ける前に、その人が一体何を >  疑問に感じてそのような批判を表明しているのかに、もう少し真剣に耳を >  傾けて、現在市民権が与えられている科学の"立脚点"に潜んでいる種種の問題を >  真面目に考える機会にした方がいいのではないのでしょうか。 というのは、 >  その人の記事に対する諸氏の反論や批判の中に、単なる科学知識のミスを >  指摘しているだけで、議論の主要な文脈とは全然関係のないどころか、議論の >  文脈を全然勘違いしているものが、余りに多いように見受けられるからです。 、、、とはいえ、科学知識のミスがあったままではそもそも何がいいた いのか理解できないという人も多いのではないでしょうか。それはその 人の想像力の欠如がわるいといういい方もありますが、まあ、ミスがな ければ/直してくれれば文脈を勘違いすることも避けられるかもしれな いし。 牧野@東大駒場