Path: coconuts.jaist!wnoc-tyo-news!news.nc.u-tokyo.ac.jp!zion.phys.s.u-tokyo.ac.jp!geoph!news.ms!komaba!news.c.u-tokyo.ac.jp!news.c.u-tokyo.ac.jp!makino From: makino@kaiji.c.u-tokyo.ac.jp (Jun Makino) Newsgroups: fj.soc.pseudo-science Subject: Re: Kubota Takashi & Gotou Manabu (Re: konnno kennichi) Date: 29 Oct 1997 02:49:34 GMT Organization: College of Arts and Sciences, Univ. of Tokyo Lines: 53 Distribution: fj Message-ID: References: <630qn9$b45@sakura.kudpc.kyoto-u.ac.jp> NNTP-Posting-Host: kaiji.c.u-tokyo.ac.jp In-reply-to: oshikawa@mmm.t.u-tokyo.ac.jp's message of 29 Oct 1997 00:32:04 GMT Xref: coconuts.jaist fj.soc.pseudo-science:2759 >>>>> On 29 Oct 1997 00:32:04 GMT, oshikawa@mmm.t.u-tokyo.ac.jp (Masaki OSHIKAWA) said: > 押川です。 >>>>>> On 27 Oct 1997 19:17:27 GMT, oshikawa@mmm.t.u-tokyo.ac.jp > (Masaki OSHIKAWA) said: > 「勝手だ」と言うことで言えば、疑似科学の本を出版するのも「勝手」 > ですし、「疑似科学批判」を坂口さんが批判するのも「勝手」ですね。 もちろんそうですが、それが何か? > なにが問題なのでしょう? > 「疑似科学批判はするべきではない」と言う論拠に私が納得すれば > 私は疑似科学批判はやめますし、例えば疑似科学批判に関して > 「こういうやり方は良くない」と言う意見に私が納得すれば > 方法の改良/変更をすると思います。 えっと、押川さんはどんな疑似科学批判活動をなさっていたのですか? 残念ながら具体的なものを知らないので、やり方がいいかどうかわかり ません。 > 「疑似科学批判はするべきではない」という論拠の一つとして、 > 「科学的事実は一般の人の人生には何の関係もない」という > ことを挙げられていた(と私が解釈した)ので、反論したまでですが。 少なくとも製造年月日の例は意味がある反論になってないですね。ある 事実が多くの人に関係したとしても、それから別の事実についてなにか いえるわけではないでしょう。 > その事実に関心がある人がいて、かつ他の人の判断する権利を尊重するなら > 原則的にはするべきだと思います。 他の人の「知らないで済ます」権利ってのはないのでしょうか? > まあ例えば科学的事実を知らしめることに > ついては科学者全体としては責任があるとも言えるかもしれませんが。 これはどういう責任で、具体的にどういう形で満たされるべきだとお考 えですか?もちろん、単なる押川さんの信念に過ぎないということでし たらお答えいただかなくても構いませんが。 > しかし、少なくとも 事実を偽って伝えるべきではないでしょう。 > 例えば、製造年月日を偽って出荷するべきではないと言うことです。 だから、それは押川さんがコンノケンイチなりにでも直接おっしゃれば よいことで、 fj で議論するなんてのは、もしもそれで押川さんが疑似 科学批判活動をしているつもりなのであれば(まさかそんなことはない とおもいますが)有効な方法とはいいがたいですね。 牧野@東大駒場