JUNETとfjの記念碑

ancient fj NetNews archive 内の記事から、 JUNETやfjの世界でのepoch makingな重要記事を集めてみます。 他にも記念碑として適当な記事がありましたらお教えください。

1. JUNET記念日

後に「JUNET記念日」と呼ばれる1987年の7月1日、 日本中のあらゆるサイトでニュースの記事の配送が突然停止してしまった事件。

経緯

当時使われていた Bnews というニュース配送システムでは、 日本語が通るようにパッチをあてる必要があった。 このパッチを提供していた加藤朗さんの小さな typo が原因となり配送が停止した。 具体的にどこがどう悪かったかは、ご本人が投稿した以下の記事に具体的に記述されている。

実は、上の記事は事件1年後の1988年のものである。 たまたま1周年記念として fj.jokes で話題になってくれていたために salvage できた。

コアラ大将(dOb)が、一番最初に発見したことを自慢している

ごめんなさい記事

折り悪く7月1日にはjus(日本ユニックスユーザー会)のシンポジウムが開かれており、 当時の UNIX hacker やサイト管理者の中には、それに出席するために出払っていた人も多かった。

呼称の由来

7月1日を何と呼ぶかについては、当時他にもいろいろな案が出された。 その中から、誰かが決めたり一つを選んだりしたわけではないのだが、 翌年の当日には「JUNET記念日」と呼ばれていて、これだけが定着した。 その「JUNET記念日」と書いた上の高田さんの記事は、 当時話題になっていた俵万智の「サラダ記念日」をもじったものである。

2. The Internet Worm

1988年11月2日発生のThe Internet Wormに関連する記事。 残念ながら当時の反応をほとんどsalvageできなかった。

対策の一例

worm 対策をした NEWS-OS 用の sendmail のバイナリの投稿。 この記事を投稿した Michael Knight(入江英夫)さんは、既に故人となられた。

国内での影響例

日本に直接 worm が侵入したわけではなかったが、 米国のサイトが落ちたせいで、何日も海外とのメールのやりとりが滞った。

3. メール事情の変遷

サイト同士が常時接続されていたわけではなかった1980年代のメール事情について。 当時は低速のモデム(9600bps程度)による間歇的な UUCP 接続で情報交換が行なわれていた。

メールアドレスの表記表現等

これは村井純先生自ら投稿の記事。 この記事の当時はまだ漢字は通らないので、英語での投稿である。 海外とのやりとりなど、!を使って経路を陽に指定した UUCP 形式もまだまだ残っていた。

余談:Message-Id: の先頭に 130 という数字がみられる。 clapton というサイト上に Bnews がインストールされて以来 130 番目に投稿された記事であると推測できる。

上は1987年当時の手引き記事。 存在しないドメイン宛てにメールを送ろうとした場合、 Internetの普及以前は、メールが長旅をして徒労の末に帰ってくることが起きていた。 ほとんどのドメインでは、 自分と直接つながっていないドメイン宛てのメールは、単に上流に送ることで処理されていた。 存在しないドメイン宛のメールは、途中のサイトのどこでも処理しようがなく、 最上流(JUNETマスター)まで実際にメールが送られてしまう。 さらには、そこからエラーメールが送り返されてくるのである。 現在の、DNS に問い合わせた時点で存在しないドメインとわかる状態と比較されたし。

海外とのメールのやりとり

海外との接続には高額な料金がかかり、これを誰が負担するのかは大問題である。 当時、海外には誰でも気軽にメールを出すことができる状況にはなく、 INET-CLUBへ参加するなど特別の手続きが必要であった。

国内の大学と海外とのメールのやりとりを引き受けてくれていた東大では、 この記事の時点で「すでに負担は8ケタ」に達していた。

バックボーンサイトへのメールの集中

メールの流通経路は、 バックボーンと呼ばれる少数の枢軸サイト群から、多数の末端サイト群へと、 樹の枝が伸びるような構造が基本となっていた。 バックボーンは、末端サイト同士のメールを中継する役を負うのだから、 どうしてもトラフィックが集中することになる。 メールの量が増大するにつれ、配送遅れが目立つなど、深刻な問題となった。

幸いにも、この頃にタイミングよく WIDE を始めとする IP 網の整備が始まる。 Internet 接続と DNS の仕組みによって、 流通経路が分散し、無駄な中継が排せられ、 危機とカオスを迎えることはなしに済んだ。

商用利用不可の問題

記事探索中...

namazuで「商用 JUNET」という検索語でfj.mailの記事を漁ると、 それらしいものがいくつか見つかります。

4. .jpへの移行

トップレベルドメイン .junet から .jp への移行に関して。 1989年の10月頃に移行が行なわれた。

事前アンケート

Mailconfの対応

技術面で最重要なのは、sendmail の配送ルール(sendmail.cf)に .jp の枠組みを取り入れることである。 当時、日本のほとんどのサイトでは、sendmail.cf の生成に mailconf というプログラムを用いていた。

ここで挙げたのは代表的な1件のみ。

第一段階

.junet を主に用いつつも、.jp でメールを出しても正しく届く状態にする。

第二段階

主に .jp の方を用いるようにする。

当初は1989年9月1日をもって移行と予定していた。

移行の延期

多少の積み残しはあるが、見切り発車の形で10月1日を持って移行する。

Appendix A. 関連資料

記事を読み解く際にJUNETの概観を得るためには、 「JUNETの手引き」 の説明が包括的で詳しい。 ただし、変化の激しいコンピュータネットワークの世界のことであり、 時期によっては記述があてはまらない部分もある。


誤りの指摘や、記念碑にふさわしい記事の推薦、その他関連する情報をお寄せください。

渡邊克宏

<katsu@watanabe.name>