喫茶店「ひまわり」

多少なりとも踊るものとしては、 道すがらにダンス教室などがあると なんとなく気になって見上げて(普通は1階にはない)しまう。 時に窓際から奥に向かって滑らかに spin しながら消えていく カップルの姿が見えたりすると、 興奮して自分も真似して傍らのポリバケツを蹴りはねてしまったりするのである。

東京・地下鉄丸の内線の中野新橋の駅のすぐそばには、 しばらく前までダンス教室が存在していた。 私が時々通る商店街に面した雑居ビルの2階にあったのだが、 通りに面した所はガラス張りになっていたものの、 いつも薄いレースのカーテンがかかっていて 中がどうなっているのかは直接わからないようになっていた。

1995年の冬から京都へ長期出張となった私が、 年が明けて久しぶりにこのビルの前を通りかかってみると、 ダンス教室があるはずの2階のカーテンは取り払われて中にはテーブルが並んでおり、 教室の名前が書いてあるはずの窓に「コーヒー380円」などと 宣伝が張り出してある。 喫茶店ならば別段興味がないので一旦はそのまま通り過ぎようとするが、 急いでいるわけでもなく、窓から商店街がどのように見降ろされるか見てみたくて ちょっと入ってみることにする。

中に入ってみると、さも普通の喫茶店のような感じではあるが、 内装や物の配置にどこかぎこちなさがある。 例えば、洗面所がしつらえてあるのだが、 席との間の壁が天井の所で隙間を残していて、 いかにも後から付け足した雰囲気である。 奥の壁が全面鏡張りであるし、 この立地条件での喫茶店としては少々広過ぎる気もする。 早い話ダンス教室をお手軽に作り変えてあるのである。 もっとも、前がダンス教室であったことを知っているからこそ わかることなのだろう。

実は、ドアを開けた瞬間に真っ先に目が行ったのは床である。 入口のマットを通り抜けて踏み出そうとした所は まぎれもなくダンス用のフロアー

ここを土足で上がってもいいのだろうか?
躊躇したが今やここは喫茶店なのだ。 「いらっしゃいませー」と迎える若いウェイトレスも土足でコツコツと歩いている。 冷静に何でもないようなそぶりで heel から踏み出してみると、 つかんだ感覚は、今でも踊りを楽しめそうなフロアーのものであった。

商店街と床を交互に眺めながら、 どんな人がどんな踊りをしてたのか考えてみたり、 ウェイトレスの後ろ姿を見ながら、 もしこのお嬢さんが踊るならどんな踊風かなと空想したりして過ごしていた。